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<<   作成日時 : 2011/11/26 11:15   >>

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歴史と外交─靖国・アジア・東京裁判 (講談社現代新書)
講談社
東郷 和彦

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著者の祖父が太平洋戦争時の外務大臣でA級戦犯として裁かれ、父も外交官という”外交サラブレッド”。国益上の観点から日本国内の歴史認識について、できるだけ方向性を合わせるべく書かれた一冊のようだ。様々な立場・意見が交錯する歴史上認識のうち、本書では以下の6つがそれぞれ1章ずつ割かれている。

1、靖国問題
2、従軍慰安婦問題
3、日韓関係
4、日台関係
5、投下された原爆に対する認識
6、東京裁判

1、靖国問題
A級戦犯が合祀されていることによりアジア諸国から非難を浴びることが今日でもよくあるのは周知の通りだ。たが筆者の考える問題は、「A級戦犯」の概念は東京裁判という外圧によって示されたものであって、それはともかく日本自身として戦争責任の問題をどうとらえるか?という点にある。戦後五十周年を迎えて発表された唯一の政府公式見解である村山談話によって「反省とお詫び」は示したものの、それをどう今後のアクションに落とし込んで行くべきか?について解説されている。

2、従軍慰安婦問題
論点は2つ。一つは慰安婦制度がいわゆる”性奴隷”だったのかあるいは”公娼”だったのか。もう一つは、判断の倫理観・価値観をどこに置くか?である。前者については議論が大きく分かれるところだが、筆者の集めたファクトによれば非難の主な対象となっている”組織的強制連行”があった可能性はあまり高くないらしい。もちろん個々の事象においてそういったケースが皆無ではなかったが、日本軍として主導はしていない。後者の論点が興味深く、「戦中当時のモノの考え方ではなく、今日の視点で顧みるべきだ」と主張する一人の聴衆のコメントが寄せられている。言いかえれば、例え当時のモノの考え方ではどんな形にせよ”慰安婦”の在り方がさほど問題になってなかったとしても、遥かにジェンダー問題にセンシティブな今日の世界的価値観を考慮して対処すべきだ、ということか。

3、日韓関係
韓国併合についての解釈が全て、と言っても過言ではないようだ。ファクトの一つとして、伊藤博文を暗殺した安重根が日露戦争における日本の勝利を「我がことのように喜んだ」と示されている。竹島を含めた教科書問題も、根っこの部分では「征服された」韓国人の心情から派生しているものであることがうかがえる。

4、日台関係
同じ植民統治をしていながら韓国の恨みに比べて台湾には悪い印象が残っていないのかは非常に興味があるところだ。台湾とくれば当然ながら中国への帰属問題と密接に絡んでいて、話は必然的に中国にも及んでいる。

5、投下された原爆に対する認識
アメリカ曰く「戦いを終わらせるために投下」された原爆の本当の事実関係は何なのか?について書かれている。留意すべきは、日本の敗戦が不可避になっている状況下において、”和平派”と呼ばれていた人たちでさえも国体の護持までを放棄した無条件降伏を支持していなかったことだ。もしこれが本当だとすれば、この点さえクリアになれば原爆などという比較にならない代償を負わせる必要はなかったと、当然アメリカ側も認識していたはずである。

6、東京裁判
著者の祖父が東京裁判の被告人となっていることから、このパートは良くも悪くも著者自身のバイアスが少なからず入ってる印象を受けた。今日の一般的解釈では東京裁判において当時の政治家を中心に”戦犯”が然るべき裁きを受けたとい理解が成されているのに対して、著者は、無実の罪を着せられた(少なくとも遺族の一員として著者は強くそう確信している)”A級戦犯”扱いの祖父に対する感情を極力抑えながら、3点反反論している。
・開戦は日本の国益上の防衛上やむを得ずに行ったものであること。
・東京裁判のいう「侵略戦争、平和に対する罪」は極めて定義があいまいで、数多ある戦争のうち太平洋戦争においてのみそれが裁かれるのは客観的合理性を欠くこと。
・太平洋戦争突入によって被った犠牲を、時の政治家、しかも特定の個人にのみ被せることが客観的合理性を欠くこと。
なるほど、確かに著者の言う通り東京裁判では正しく理解されていない事実もあるだろう。しかし一方で「やむを得ない戦争」に突入しないという判断をし得たのも当時の軍司令部及び政府首脳のみであることを鑑みれば(つまりそれ以外の国民は判断する余地も与えられず黙って戦う他なかった)、相応の処罰は一定程度の合理性があるとの印象を私は受けた。


もうそろそろ終わりにしなければいけない
外交サラブレッドとして信念を持ちつつ真の国益を追求してきた著者は、結果として日本国内の歴史認識をまずそろえないことにはこれからも降ってくるであろう歴史問題が絡む外交のスタートラインにすら立てないだろうとの危惧に行きつき、本書の出版をされたのだと思う。

良くも悪くも、日本は官僚主導の国である。”政治主導”なんて言葉が一時流行ったけど、所詮は国民の審判をしょっちゅう受けなければいけない政治家とそうでない官僚とでは役割が違う。著者のように真剣に日本の国益を考える官僚がいることを頼もしく思う一方で(実際、著者も途中で罷免されてしまったわけで。)、組織としていつも自分の省庁の利益を追求する今の官僚組織をもどかしく感じたのも事実であった。

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