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zoom RSS 有価証券販売業の憂い

<<   作成日時 : 2010/09/28 06:57   >>

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今日は時折世間から「投資家を食い物にしている!」というような批判を受ける”有価証券を売る”という業務(特に個人投資家対象)について、ちょっと同情論というか、少し世間の矛先が偏りすぎているんじゃないという私個人の感想を綴る。一点断っておくが私自身は個人向け営業には従事していないので、特にどちらかの立場を擁護しなければならないとか、そういったインセンティブは一切働いてない。

売るという業務、つまり”営業”は有価証券に限らずどんなモノを売るのにも(それが独占的でなければ)発生する行為だ。店頭での販売の他、居酒屋やなどの飲食店だったら繁華街の路上に出ての客引き、学習教材だったら訪問販売などもあるだろう。買い手から購入を求めるほどでもないが売り手側の営業だったり、そこまで程度はいかなくても最後の一押しで購入を顧客が決める、というケースは往々にしてどの商売にも共通していることは明らかだ。

そのなかで有価証券販売業ならではのつらいいところは、以下の2つである。
・消費財ではなく投資財である
・購入後の価値が”価格”として直に計れてしまう

他の商品が総じて”消費目的”であるのに対して有価証券についてはよっぽどの事情が無い限り”投資目的”、つまり商品購入に使った金額以上の金銭的リターンを買い手が期待している。いずれは流行遅れや物理的にダメージを受けて買い替えが必要になるアパレルや、飲み食いというつかの間の娯楽時間を提供する飲食店、こういったものに代表されるのは、仮に本来の根付けの価値が無いものだったとしても買い手の期待値は時間と共に下がっていくため、買い手が受けるネガティブな印象はそこまで大きくないことだ。これに対して有価証券はそもそもの期待値が消費財とは逆方向にある。さらに購入後の価値が”価格”としてモロに見えてしまうのも買い手が自身の期待値のズレに関して持つ感情に拍車を掛けている。仮に買った服の価格付けのために中古で売って二束三文の値打ちしかつかなくても、まあ中古だししょうがない程度の心情で終わるだろう。株式や債券のように日々マーケットで売り買いが交錯している有価証券の価格透明度・適正度とは比べ物にならない。

このような理由で、特に不景気な相場で代表的な有価証券の一つである株式のマーケットが振るわない(買い手の購入した株価が下がっている)状況では「奴らは投資家を食い物にして自分たちの販売手数料を稼いでいる!」という世間のバッシングを受けてしまう。景気いいときは販売会社が手にしている手数料の何倍もの利益をちゃんと享受しているはずなんだけどな・・いい時の心情よりも悪いときの心情の方が強く残るのは人間の常だけど。

誤解を与えないよう言及しておくが、「何をどう売っても文句を言われる筋合いは一切無い」と発言するつもりは毛頭無い。もちろん金融機関の有価証券販売手法の中で問題あると思われるかも知れないケースがゼロとは言いがたいだろうし、それによって時に訴訟や行政処分なるものが起きていることは事実である。そういった、情報量で不利な消費者を誤解させるような販売手法は厳に慎むべきだし、しっかりと法を適用していくべきである。ただ、そういった販売手法、営業攻勢について改善すべき問題は、何も有価証券の営業に限ったことではない。ショッピングでの店員さんのアドバイス、引越し先の新聞契約勧誘など、誰だって自分の売っている商品、課せられているノルマといった、適正と言われる範囲を超える営業を仕掛けてしまうかもしれないインセンティブを持っている構造がそこにはあるのだ。



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