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zoom RSS 金融独裁の果てに

<<   作成日時 : 2011/12/09 22:31   >>

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杞憂だったらいいなー、とうっすら思ってたのだが、残念ながらまた規制が一つ増えてしまった。
金融庁、「通貨選択型」投信の販売規制を強化(2011年 12月 5日 ロイターニュース)

「リスクを理解しない個人投資が悪い」とか、「いや、何でもかんでも規制で固める役所が悪い」とか、そういった悪者探しのレベルでは無く、金融に携わる1人のサラリーマンとして、ただただ、残念に思う。こちらの過去エントリーを書いた時に、何となく嫌な予感はしていたんだけどね。。。(いや、厳密に言うといやな予感がしたからエントリーを書いた、という因果関係の方が適切か。)
2011/09/01:流行りの高分配金投信に絡めて徒然

繰り返すが、”売らんかな主義”は金融に限らずどこの業界にだって多かれ少なかれある。従って「説明不足」だとか「顧客を使って儲けてる」という批判を金融という産業にのみに特化させることは的外れだと思う。参照↓
2010/09/28 06:57:有価証券販売業の憂い


ただ、これだけだと「金融業はツライ」だけの結論に終わってしまってそれもそれで虚しい。ふと、ここで最近読んだある一冊の本を思いだした。


長期投資で日本は蘇える!
PHP研究所
澤上 篤人

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直販系投信の草分けであるさわかみ投信の社長が書いた本である。本の内容自体は、おそらく彼が感じた問題意識から現在の考え・さわかみ投信の意義を説いたものであるが、今日着目したいのはこの本の前半部分の解説にある。

筆者曰く、今の日本の金融市場の問題点(多すぎる金融機関、よく理解しないまま購入してしまう投資家)の根本的な原因は、高度経済成長期に大車輪の活躍をした間接金融制度にあるという。いわゆる限界生産性(投入資本に対する生産量増加分の比率)はある国が発展途上である場合に最大値を取り、その後減少していく。言葉を変えると、行動経済成長期という資本をフル活用させる投資がわんさか勃興してくる時代は、金融機関を通して間接的に集めた国民のカネを半強制的(貯蓄信仰を煽ったり、株式投資へのネガティブキャンペーンをやったり)に集めてそれを企業融資に充てられた。経済拡大のサイクル真っ只中にあった企業と家計のお金は膨らみ続けていって、これが日本を今日の経済大国たらしめる要因ともなった。

筆者はこの間接金融の働きと、それを築いた経済官僚の能力を高く評価した上で、経済成長の臨界点に達して今では致命的な欠点になっていると指摘する。当たり前だが、経済成長は未来永劫続くものではないし、黙っていてもカネが増える状況もいつかは終わりを迎える。行きついた先がバブル崩壊であり、1,500兆円とも言われる行き場を失った預貯金残高と、有望な運用先が絶対的に不足している狭いマーケットのパイを無理やり争っている金融機関と、今まで銀行に預けていればだまってても増えたカネを自分たちで運用しろと言われて良く分からぬまま投資をして「こんなはずじゃない!」と憤る投資家と。。。。これらが産物として残ったのも因果関係を考えれば必然と言えば必然か。

日本特有の強固な官僚独裁制度は目指す道が明らかに一本である(いわゆる、欧米に追い付け追い越せ、だったろう。)時には最大の効力を発揮するが、その道の終点についてしまった場合に一気に制度疲労を起こし、いろんなところに波及しているようだ。

今日は官僚制度批判ではなくて金融業界の現状をヒモ解くのが目的だったので、このあたりにしておこう。尚、間接金融に対峙して直接金融として「株式長期投資の意義」が書かれている本書後半部分については、また後日別途意見を添えて書くことにする。

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