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zoom RSS Steave Jobsの残した功績

<<   作成日時 : 2011/10/16 03:03   >>

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"The old" is cleared away
その日の朝もいつもと同じように会社近くで定番朝ごはんである豚汁定食+単品納豆を食べながら、彼のスピーチを聞いていた。そして出社してまもなく、ニュースのタイムラインに彼の死を伝えるニュースが流れてきた。

私にはSteave Jobsがどれくらい類稀な経営者なのかはよく分からない。人の死はその人を神格化させることは往々にしてあるし、私は常にそれらのバイアスに対して懐疑的だからだ。でも1つだけ、確かに彼が優れていたと私が考える能力が「テクノロジーを内外から洞察できる」人物だったということだろう。Economist誌の特集を翻訳サイトと共に添付するので、是非ご覧あれ。

http://www.economist.com/node/21531530
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/25571

テクノロジーを内外から洞察する力について、本文にいくつか具体例が掲載されているので1つ抜粋すると、初代マッキントッシュから冷却ファンを取り外すようにJobsは主張していたのだそう。エンジニアにしてみればとんだ常識外れなものだっただろう。PCの精密機器を守るために冷却ファンは当然あってしかるべきものだっただろうが、Jobsはそれによって得られるPCの寿命延長などという利益よりも冷却ファンが無いことで得られる静寂さというメリットのほうが消費者にインパクトを与えるという読みだったのだろう。

また彼は、タブレットPCがこれからブームになろうかという時、アップル社内でそれに追随する声が大半を占める中でスマートフォン開発の主張をかたくなに突き通したということもよく知られている。おそらく、モノを作る開発者側としては常に手元にあるテクノロジーの延長線上で物事を考えがちになってしまう傾向にあるのは確かだろう。”パーソナル”の名を冠した一般ユーザ向けコンピュータが世に出てから数十年、確実にそれは小型化・ユーザーフレンドリー化してきた。その延長線上で考えれば、「PCを極限まで小さく!」と考えるのはごく自然なことなんだろう。

けれどもそこでJobsは待ったをかけた。”コンピュータ”を自社名から外し、インターネットへの接続を軸してそのためのデバイスに固執するのを止めた。テクノロジーの積み上げ合戦から距離を置き、それとは無縁のユーザ側の視点から全く別のアイディアを出す。これこそが彼を今日の名声たらしめているものだろう。おそらく初代マッキントッシュを出した時も概念としては同じものだったと察する。

Whats the implication for us?
このことは、「より良いモノ」に良くも悪くもこだわりすぎる日本人気質(※)へ一石を投じるインプリケーションにつながっていると私は感じた。例えば外資系企業で働いた経験のある日本人の方なら誰でも一度は感じたことがあるだろうが、いわゆる”欧米”の人々は彼ら自身が作りだすモノ自体のクオリティが多少低くてもそれを上手くプレゼンする能力を持っていることが多い。これは悪い言い方をすれば、「口八丁がまかり通る」とも表現できる。

東京からロンドンに最近転勤した同業友人が言っていた言葉が印象的だった。「東京では、上司(日本人)から”黙っててもちゃんと仕事やればお前のやっていることはみんな評価してくれるよ”と言われた。でもこっち(上司は外人)でまずボスに一番良く言われるのは”Keep me informed”だ。」

もちろんモノや仕事自体へのクオリティを疎かにするのは論外だが、一方そのクオリティをある程度犠牲にしてでもそのプロダクトを評価する側(社内のボスだったり、はたまたクライアントだったり)の視点も常に忘れてはいけないと、Jobsの功績は語ってるのだと思う。私も含めて多くの日本人は英語という世界共通語が不得手である分、作りだすモノ自体へのクオリティを上げることでバリューを提供するという理屈は確かに理にかなっているし私もそれを自覚して日々仕事をしているのだが、やはり作ったモノをどうプレゼンするか、どう伝えるかにも一定程度頭を使わないといけないことも同時に自覚するようになった。

「言った者勝ちの世界なんておかしい!」と思う方もいるかもしれない。現に最近までの私もそういう考えだった。けれどもラジカルにふと考えてみると、その”おかしい”というのも何を基準に言っているのかがあいまいである。数多あるビジネス書が「仕事を頼まれたら7割くらいの完成度で良いから締切より前に出せ」という主旨のことを言っている通り、モノ自体へのクオリティばかりにこだわるとこの場合「時間」がほぼトレードオフ的に犠牲になる。言った者勝ちとまでは言わないまでも、こういった場合を考えればモノ自体へのクオリティに固執し過ぎる弊害が容易に浮かび上がってくる。

会社の最終目的は「良いものを作る」ことではなくて、「お客さんに自社製品を買ってもらうこと」だ。往々にして、「@自社製品をもっと買ってもらう=A良いものを作る」という方程式が盲目的に成立しがちだが、実際にはAは@に包含される1パートでしかない。

つまり・・・
テクノロジーとユーザフレンドリーのバランス、もっと抽象化するとモノ自体のクオリティを高める側の視点とそれを評価する側の視点のバランス。往々にして前者に偏りがちになってしまう産業において後者の視点を取り入れることにより圧倒的価値を生み出せることを実践して見せたことが、正にJobsがこの世に残した最大の功績だと思う。

注釈
※ノーベル賞受賞が自然科学分野への研究に大きく偏っていることを見れば、おそらくこう表現しても間違いではないだろう。



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