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zoom RSS 落合監督クビに見る、「成績評価」の実態

<<   作成日時 : 2011/09/24 15:48   >>

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プロ野球・中日の落合監督が事実上のクビになったらしい。出回っているニュースを総合すると、実績では文句なしの成績だったが「勝つ野球」に徹しすぎてファンの目には「つまらない野球」と映ってしまったのか、チームは好成績でも観客動員になかなか結びつかず球団としては赤字が続いていたのが理由だという。

野球小僧だった私には語りたいことは腐るほどあるのだが、今回はプロ野球の「現場」と「フロント」の関係を整理し、本件のインプリケーションを整理したいと思う。

このニュースを見た時、監督以下現場は勝つために全力で野球をやっているが営業サイドも全力を尽くして球団として利益を出そうとしていたのか?と最初に感じた。監督解任という結果になる以前に現場とフロントでどれくらいの話し合いが持たれたのかは分からない。でも現場は「成績」という名の数字を残さなければ生き残っていけないので必至にやっているのに、「いくら成績は良くても・・」と言われたら「じゃあ野球じゃなくて一体何に集中すればいいんだ!?」と混乱するのが正直なところではないのだろうか?

確かに、営業サイドを含めたフロントの言い分も一理ある。長らくは親会社の「広告費」扱いで収入が赤字でも目をつぶってもらえる状態が続いてきたが、近鉄の球団経営撤退くらいから潮目が変わってきたようだ。確かに広告費の親会社のキャッシュフローが厳しい以上、その「広告費」も当然削減の検討対象になるのはまっとうな話だ。しかし、繰り返しだが野球をやる人間としては自分のメシを食うために成績を必死で残さなければいけないのに、それでいて親会社の収支まで頭に入れろというのは場合によってはフロントの怠慢という印象をもってしまう危険性もある。極端な話、野球成績は悪くてもファンに人気があって球団としての収支が成り立っていればいいのか?

野球に限らずプロスポーツは「成績」と「金銭的収支」が必ずしも一致しないので話がやや例外的になってしまいがちだが、もう少し一般化して「分業制」という観点から咀嚼してみると、やはり「現場は野球を必死にやる」「フロントは営業を必死にやる」というようにそれぞれが互いの持ち場で最大限のパフォーマンスを発揮するのが筋であるように思う。

これを一般の会社のアナロジーに当てはめると、開発の人間に「いいモノをつくるだけじゃなくてそれをどう売るかも考えろ!」、営業の人間に「単に数字を上げるだけじゃなくて社内政治もやれ!」と言っているに等しいように思える。現実の世界は、おそらくそれが一般的な現状なのかも知れない。そしてまたその壁を打ち破った数少ない企業が、ビジョナリーカンパニーとして世の中にインパクトを与える数少ないプレーヤーになるのかも知れない。

個人的にも落合監督は、人物として結構好きなタイプだった。野球で勝つという与えられた任務に対して全力を尽くす。選手をきちんと公平に評価する。特に後者については「プロスポーツの世界なんだからそんなの当たり前じゃないか」と思われるかも知れないが、関係者の方の話を以前に聞いた限りでは人間である以上多かれ少なかれやはり政治が幅を利かせている世界でもあるらしい。そんな環境下だったら並大抵の人間はついつい長いものに巻かれてしまうが、落合監督はフロントに嫌われて自分がクビになるリスクを負ってでも、そういった現場の公平感を守ってきた数少ない素晴らしい監督のうちの一人だったと思う。

組織内での評価は上席の人間がするのが世の常だが、本当の意味でその人の姿を知りたかったら当人の部下の意見が最も参考になるのではないかというのが私の持論である。是非中日の選手の意見も、今回の件について聞いてみたい。(マスコミを通じてだとフロントの目を気にして言い難いこともあるだろうから、人づてでこっそりと、ね。)

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